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前へ 「舞ちゃんって、もしかして、萩原舞ちゃん?」 「そうですよー。ってか、うちの話しちゃんと聞いてたんだー。良かった。小春って人の話しとか全く聞かない人なのかと思ってた」 オマエモナー。 ・・・って、驚くところが違うだろ、熊井ちゃん。 いま小春ちゃんは、「もしかして、萩原舞ちゃん?」って言ったぞ・・・ 「えっ? 小春ちゃん、舞ちゃんのことを知ってるの?」 「うん」 さも当然のことのように頷く小春ちゃん。 「やっぱりあの舞ちゃんなんだ! 懐かしいな。舞ちゃん元気にしてる?」 「舞ちゃん元気ですよー。このあいだも生徒会室で一緒にお弁当を食べてー、うちが舞ちゃんのお弁当おいしそうだねーって言ったらー・・・ そのエピソードは今じゃなくていいよ、熊井ちゃん。 それは後でゆっくり聞かせてもらうから。そんなことより・・・ 「どうして、舞ちゃんのことを? 小春ちゃん」 「もうだいぶ前のことになるんだけど、舞ちゃんとは面識があるの」 小春ちゃんが思い出すように僕らに語り始めた。 あれは今から3年前、私が中学3年生の夏休みのこと。 国が主催する、ある研修合宿に小春は参加したんだ。 小中学生が集まる二泊三日のその研修合宿に参加するには学校の推薦が必要でね。さらに、推薦されても選考に通らなければ参加できないの。 それぐらい権威がある研修らしいんだ。うちの中学校から見事選ばれることが出来たとき、先生からミラクルって言われたぐらい。 研修では、いろいろなところを見学して、いろいろな偉い人にも会えて話しを聞くことが出来たりして、面白かったな。 なんとかっていう知事の人とか、なんとかっていう大臣とか、なんとかっていう会社の社長さんとか。 難しい話しばっかりだったけど、とっても勉強になったんだよ。 そんな研修合宿だったんだけど、そこで私は舞ちゃんと出会ったの。 * * * いろいろな中学の人と交流が出来て楽しいな。 しかも、優秀な生徒が集まっている研修だけに、みんなレベルが高くて話しをするだけでも刺激的で面白い。 私たち中学生の他に小学生も参加していて、小学生たちもわいわいと騒いだりしていた。 あれ? そんな小学生の子たちの中で、ポツンと独りぼっちの子がいる。 人見知りして、みんなに馴染めないのかな。 でも、どうやらそうではないみたい。 その子からは、人を寄せ付けないようなそんな感じのオーラが出ているのが一目で分かったから。 気難しそうな表情で何か近寄りがたい孤高の雰囲気を纏っている。 だから、周りの子達もその子に気軽に話しかけたり出来ないでいるんだ。 その子のことは見覚えがある。 この研修の開会式で小学生の生徒を代表して挨拶の言葉を述べた子だったから。 その役目に抜擢されるってことは、集まっている小学生の中で一番優秀な生徒だっていうこと。 すごいなー。これだけ優秀な生徒さんが集まってるその中で一番優秀だなんて。 無愛想にしてるけど、その目を見ればこの子が只者では無いと言うことがよく分かった。 その目力は、本当に力強くて小学生とは思えないほど大人びていたから。 その第一印象は強烈だった。一目見ただけで私はこの子のことがとても気になってしまった。 だけど、私は中学生組だから、その日の講義ではもうその子に会うことは無かった。ちぇっ、つまんないの。 でも、直感で私はこの子とまた会える気がしたんだ。 研修は泊りがけで行うんだけど、その宿泊場所の部屋は2人部屋だった。 どんな子と一緒になるのかな。楽しみだなー。 ワクワクしながら部屋に入ると、同室の子がすでに先に来ていた。 そこいたのは、なんと、さっきの孤高の少女だー!! 「はじめまして! 私は久住小春だよ。よろしくねー!!」 「萩原舞。よろしく」 「舞ちゃんかー。かわいい名前だね!」 「別に・・・」 「舞ちゃんはどこから来たの? どこの学校? 何年生? 今日行った所どこが一番面白かった?」 舞ちゃん、ビックリした顔してる。どうしたんだろ?? でも、その表情がとてもかわいくて。 なーんだ、やっぱりまだ小学生なんだ。とってもかわいい顔してる。 舞ちゃんの言った学校名。驚いた。 小春もよく知っているあの学園の名前だったから。 「そうなんだ! じゃあ結構ご近所さんの学校だったんだね。それで、今日は楽しかったよねー? ご飯も豪華でビックリしなかった?」 「質問はひとつにしてくれる? あと、話題をころころ変えない」 「小春はねー、今日行ったところで一番面白かったのは国会議事堂のね、あそこの赤絨毯って本当にレッドカーペットみたいだったから思わず笑っちゃってry」 「ねぇ、人の話し聞いてるの?」 話しをしているうちに、だんだん舞ちゃんのことも分かってきた。 舞ちゃんはある有名な学園の初等部の6年生。 この研修に参加できるってことは、あの学園で主席の成績だっていうこと。 研修参加者の中でも一番優秀な生徒さんなんだから、それも当然か。 でも、あの名門校のトップの子に会えるなんて。こんな機会めったにない。 もっともっと話しをさせて貰おうっと!! 話してみると、頷かされることやそれ以上に驚かされることが多かった。 “天才”って、こういう子のことを言うのかもしれない。 さすが、あの学園で一番優秀な子で、しかも全国でも一番だなんていうだけのことはある。 凄いなー、舞ちゃん。 実際、舞ちゃんと話してみると言葉の端々にその天才ぶりが表れていたし。 でも、優秀すぎて悩み事を抱えているみたいだった。 「学校はあまり楽しくない。ガキばっかりだし本当に退屈。中学は違う学校にしようかなって思ってる」 「違う中学って、学園をやめて公立の中学校に入るってこと?」 「うん。どうせどこの学校でも退屈なんだろうから、それなら公立の学校で十分」 「そんなことないよ。せっかく入った学園をやめちゃうなんて勿体無いよ!」 「第一そんな気持ちじゃ、どんな学校に行っても自ら退屈にしちゃうんじゃないかな。大切なのは自分の気持ちだよ!!」 話しているうちに、つい力が入ってきてしまう。 けだるそうに話していた舞ちゃんの目に力がこもってきた。その目で舞ちゃんが私を睨むように見つめてくる。 うん、そうだよ、舞ちゃん! 退屈なんかしている暇はないはずだよ。 「それに、中等部に行けばまた違う環境だから、そこで新しい刺激に出会えるよ」 「新しい刺激?」 「そう、きっとそこで新しい出会いがあるよ。先輩だっているわけだし。ひょっとして運命的な出会いになるかもよ!未来のだんな様とか!!」 「だから、女子校だって言ってるじゃん。人の話し聞いてるの?」 「間違いないよ。だから辞めたりなんかしないで、学園の中等部に進んだ方がいいよ絶対!」 「だから、人の話しをry ・・・もういいや。ふふふ、面白い人だね、小春って」 「え?なに? 何か言った?」 「ううん。舞にそんな熱心に意見してくる人って小春が初めてだから、ちょっとビックリしただけ」 舞ちゃん、いま初めて笑った! その笑顔は何か赤ちゃんみたいでとても可愛らしかった。 舞ちゃん、こんなにかわいいお顔してるんだ。もっと笑えばいいのにー。もったいないよー。 最初は面倒くさそうに私の相手をしてた舞ちゃんだったけど、私の話しにだんだん付き合ってくれるようになった。 気難しそうに見えるけど、意外と素直な子なのかな。 人の話しをしっかり聞いて、内容のある答えを返してくれる。 みんなも、もっとこの子と話しをすればいいのに。取っつきにくいから話しかけづらいんだろうけど。 舞ちゃんも、それだけしっかりと考えてるんだから、それをもっとみんなに伝えればいいのに。 お互いの殻を破らないとダメだよー! なんか、もどかしいなー。小春的に、なんとかしてあげたい気分になる。 「でも、最近うちの学園の中等部や高等部は、なんか雰囲気悪いんだよね。荒れてるっていうか」 「お上品なイメージの学園なのに?」 「うん。ここのところ特にひどくなってるみたい」 「それならさ、なおさら舞ちゃんが入って学園を正常化しないと。今日偉い人が言ってたでしょ、皆さんが回りを引っ張っていって下さい、って」 「やだよ。そんなの面倒くさい」 「きっと学園の人にも同じように考えてる人だっているよ。間違ったことを正しい道に戻そうと頑張ってくれる人がきっといるから!」 「そんな人いるのかな。みんな自分のことしか考えてないんだよ、どうせ」 「いるよ絶対!生徒会だってあるでしょ。真面目に考えてる人は必ずいるから。そういう人達と一緒に舞ちゃんもやればいいんじゃない」 「生徒会とか、そういうの関わりたくない。疲れるから。舞は一人が好きなの」 「舞ちゃんは本当にそう思ってるの?」 「は? なに言ってるの?」 「ひょっとして、本当はこうしたらいいのにって自分では分かってるのに、わざと反対のことを言ってるでしょ?」 舞ちゃんが真っ直ぐに私の目を見てくる。 でも、小春は睨めっこなら絶対に負けないんだから! だから、私も舞ちゃんの目を真っ直ぐに見つめ返した。 「まったく・・・ 面倒くさい人と一緒になっちゃったでしゅ。眠くなったからもう寝る」 「うん、そうだね。そういうときは寝るのが一番! 朝になったらきっと気分も一新してるよー!」 「だから、誰のせいで・・・ ハイハイ。もう喋るのは終わりにしてね、お願いだから眠るときぐらい静かにして」 次へ TOP
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前へ 「怪談?何でまた冬場に?」 「怪談というのは、怖いお話のことですよね?学校新聞に、怖いお話を?」 お嬢様と茉麻は、そろって右側に首を傾げる。 「本当は、千奈美主導で夏に学校の七不思議を募集する予定だったんです。でも、この子ったら全然動かないんだから!」 「いだだだ!耳引っ張るなぁ!」 雅のやつ、ふだんうちとダラダラ遊んでる時はボケキャラの癖に、年下の子とかいるとお姉ちゃんキャラになるんだから! 「だってさー、うちバドミの大会で結構いいとこまで行ってさー、ちょっと時間なくてさー」 「嘘つけ!熊井ちゃんから聞いてるよー、ちぃ、熊井ちゃんと変なパン試食同好会やってるんだって?ご丁寧にリーフレットまで作って、普及活動頑張ってるらしいじゃん。菅谷さんも入会したんだって?その情熱を、何で新聞部に向けないんじゃい!」 げっ!熊井ちゃんめ。あれは秘密結社だって言ったのにもー、口が軽いんだから! 「・・・みや、前の部長みたいになってきたもんにー」 「何とでも言えっ。部員が尊敬する先輩に似て何が悪い!」 「ウフフフ・・・」 「おーい、いつまで脱線してんの、新聞部!」 私たちのやりとりを、まるで漫才でも見るかのようにわくわくした顔で、お嬢様が見ている。笑ってもらえるのは単純に嬉しいから、私はこのしょうもない漫才をいつまでもやめられなくなってしまう。茉麻がいてくれる時を狙って来てよかった。 「でへへ、ごめんごめん。そうなの、今から全校向けにアンケート取るんじゃ間に合わないからさ、生徒会プレゼンツなら、読者さんたちも喜んでくれると思うし。千聖お嬢様の怖い話とか、超レアじゃない?」 「あら、お役に立てるかわからないですけど、頼っていただけて嬉しいです」 ちょっとほっぺを赤くするその顔を見て、私はこの企画を持ち込んでよかったと思った。 そんなわけで、まずは茉麻から知っている怪談を披露してくれたんだけれど・・・ 「・・・・・・それで、隣のトイレからこんな声が聞こえてきたの。“・・・違う、その“紙”じゃない・・・。私が欲しいのは・・・」 「この髪だああああっ!!!」 「きゃああ!?」 絶叫と同時にお嬢様の髪をわしわしかき混ぜると、本気で驚いたのか、プルプル震えながら私を凝視する。やっぱりワンコだ。 「・・・ちょっとー、ちぃオチ先言わないでよー」 「だってそれ、超定番じゃーん。もっと怖いのないの?」 「わ、私は今のでも十分怖かったわ・・・」 お嬢様の反応は上々だけど、「かみをくれー」なんて誰でも知ってるし、新聞に載せるほどの話じゃない。茉麻のでっかい目を見開いたホラー顔の写真つきなら臨場感アリアリだけど、絶対怒られるし。 「私、あんまり怖い話って得意じゃないんだよねー。みんなが知ってるようなのしかわかんないよー。あんまり濃いの聞くと、夜家の廊下歩くのすら怖くなっちゃうし。いやーん、まーさ困っちゃう!」 「やぁだ茉麻たんたら、オカンの癖に萌えキャラー!かわゆす!」 キャッキャウフフとはしゃぐ私たちを白い目で見つつ、雅が話を進める。 「んー。じゃあ、お嬢様は何か怪談知ってます?あんまりご縁がないかもしれないですけれど・・・」 「怖い・・・そうですね、それでは、むら・・・うちのメイドから聞いたお話ですけれど。」 コホンと可愛い咳払いをして、お嬢様は姿勢を正した。お、これは期待できそう。・・・・だったんだけれど。 「・・・・その折り重なる死体の処理に困った肉屋の主人は、ついに商品のソーセージにその肉」 「無理無理無理!グロはあかん!そんなの載せられません!」 私が両手で×を作ると、お嬢様は少し落ち込んだ顔で「難しいわね」と声を落とした。 「うおおう・・・」 オカルトが苦手な茉麻は、男らしい呻き声を上げて固まっている。凹み中のお嬢様のフォローもできないぐらい、今のグロ怖い話がガツンときてしまったらしい。 「でもお嬢様、私もそのお話知ってますよ。私も、め・・・中学の時の友だちがそういうの好きで、残酷系の話とかいっぱい聞かされたから。たくさんの美女の生き血で美しくなろうとした殺人鬼とか・・・」 「あら、私も知っているわ。それも同じメイドから聞いたの。残酷な殺され方をした女性が、その姿で夜な夜な犯人の夢枕に立ったお話はご存知?」 「あー!それも聞いたことある!残酷好きな人って、話す内容も似るんですねー。中国の拷問話とかマジやめてほしい!」 ――いや、さっきのかみをくれーよりよっぽど怖い話なのに、雅とお嬢様はまるで共通の人から聞いた話題のように盛り上がっている。お嬢様のツボ、よくわからん。落ち込んだままよりはずっと良いけど・・・。 「んー、もうちょっとこう、誰も知らなくて、猟奇的じゃないやつで何かないですかねー。たとえば、お嬢様のお屋敷に伝わる怖い話とか?」 「あ、それは私も興味ある。お嬢様、何かない?寮の話も大歓迎だけど!」 お、茉麻が復活した。自然なタメ語で自然にお嬢様に話しかけていて、さすがママ!と思った。 「お屋敷・・・。そうね・・・では、つい最近のお話ですけれど。」 また、お嬢様はシリアス顔に戻って語り始めた。 “その日は、風がとても強く吹いていた。 午後23時。私は部屋を訪ねてきた明日菜と一緒にいた。普段は“子ども扱いはやめてくださる?”何てすました顔で言うのに、最近は何故か私と一緒にいたがることが多い。 「お姉さま、今日は一緒に寝てくださる?」 「ええ。もちろんよ」 私はここで暮らすのは3年目になるけれど、明日菜はまだお父様やお母様たちが恋しくなってしまうのかもしれない。 あまり姉扱いされない身としては、しっかり者の妹に頼られるのは嬉しいから、栞菜に本日の添い寝キャンセルを申し伝え、二人してベッドに入った。 ガタガタガタ・・・ 「お姉さま、今日はとても風が強いのね」 「そうね。窓が軋んでいるわ」 そう言って、机の前にある大窓に目を向けた。 時間が時間なだけに、外はもうすっかり暗くなっていて、木の枝が風に揺れているのしか見えない。 「一応、鍵がかかっているか確認を・・・あら?」 そう言って体を起こした瞬間だった。木々を私たちの視界から隠すかのように、黒い影がゆっくりと窓の外を横切った。 「・・・あら?」 「・・・今誰か・・・・でも」 ここは、3階なのに。 「お、お姉さま・・・」 「だだだだ、大丈夫よ、明日菜」 とっても怖かったけれど、私は思い切って窓のそばまで歩いていった。そのまま、外を見ないよう目を固く閉じてカーテンを閉めた。 「これで大丈夫よ、明日・・・」 バンッ!バンッ! その時、私の背後で、窓が大きな音を立てた。 「ひっ!」 風に軋む音ではなく、それは、まるで誰かが叩いているような・・・ 「だ・・・誰なの!姿を見せなさい!命令よ!」 私は思い切ってカーテンを開け、窓も全開にした。突風が体を突き刺す。目を凝らして窓の外の左右を確認するけれど、人影は見当たらない。 「・・・不思議ね・・・・」 「お姉さま、寒いわ。今メイドに見回りをお願いするから、窓、お閉めに・・・」 ガシッ 「えっ」 いきなり、右の手首に衝撃が走った。視線を向けると、下から伸びてきた小さくて力強い指が、私を捕らえていた。 暗闇の中で、鉛のように鈍く光る両目が微笑んでいるように、ゆっくり細められていく。 「あ・・・あ・・・・・」 “千聖お嬢様・・・やっと会えたね・・・・” 背後の明日菜の絶叫が、屋敷中に響き渡った・・・・・” 「お・・・おおおおうううおおおう」 「茉麻、しっかりして!」 普段のみんなのママキャラはどこへやら、もはや茉麻は仮死状態に陥っていた。派手顔美人な茉麻が、半白目で呻いているのはなかなかのホラーだ。今の話との相乗効果で、私も自分の全身が鳥肌で覆われているのを感じた。 「こ・・・怖すぎるよ、お嬢様!もう今日窓の外見れないじゃん!」 「あらあら、ウフフ」 私たちの反応に、お嬢様は満足したみたいだ。得意気な顔しちゃって、実は結構Sだな、こんにゃろ! あああ・・・でもマジで怖い。あの大きなお屋敷(舞美の部屋に遊びに行った時に見た!)のことを思い浮かべながら話を聞いたから、すごい臨場感。 「そ、そ、それで、結局その手の正体は?まさか、本当に幽れ・・・」 「あぁ、それはね、ウフフフフフ・・・・栞菜だったの」 「「「えぇ!!!?」」」 栞菜・・・生徒会の有原さんの利発そうな顔を思い浮かべて、私は首をかしげた。 有原さんと言えば、去年転校してきて、その編入テストがほぼ満点というかなりの実力者だったはず。顔も結構可愛いってか美人系で、私が見る限りではおとなしめな雰囲気だったんだけどな。なんていうか、かなり意外。そんなハメをはずすようには・・・ 「ウフフ、栞菜はいつも私のベッドで一緒に寝ているのだけれど、あの日は私が急にキャンセルしてしまったから、寂しくなってしまったそうなの。 それで、縄梯子を使って室内の様子を観察しようとしたみたい。 だけど、とても風が強くて、吹き飛ばされそうになったり、壁に体を打ち付けたり、悲惨な状態になってしまって、それでとっさに私の手を掴んだんですって。もう、めぐ・・・メイドなんて、後で顛末を聞いて激怒していたわ。 あの怒られてる栞菜の顔といったら。ウフフフフ。 でも、栞菜の縄梯子での覗き見は初めてのことではないから。まさかあんな強風の日にまでするとは思わなかったけれど」 「・・・いや、それ、ある意味今までで一番怖い話ですね」 「栞菜ちゃん・・・イメージ変わったわ。そっち系だったとは。真面目で気のきく子だって思ってたんだけど」 これには同じ生徒会の茉麻も、なかなかの衝撃を受けたらしい。 これは有原さんへの追加取材が必要だもんに!ってそんなの今はどうでもいいとして、 「お嬢様、興味深い話ではあるんですけど、ちょっと記事には・・・」 「そうよね・・・また変なお仕置きをされたら千聖も困ってしまうわ」 はぁ~。 振り出しに戻った私たちは、ぐったり脱力して机にもたれ掛かった。 「あれー?千奈美だぁ。どうしたのー?」 その時、開けっ放しだった生徒会のドアから、聞きなれた明るい声が響いてきた。 次へ TOP
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前へ 私と彩花ちゃんしかいない、放課後の教室。 彩花ちゃんは、私の話が終わった後も、しばらく黙って外を眺めていた。 「・・・何か、こうやって改めて口に出すと恥ずかしいね。 私がその場でちゃんと対処できていれば、大事にいたらずに済んだはずなのに」 自嘲気味にそうつぶやくと、彩花ちゃんの視線が私の方へ戻ってきた。 「・・・憂佳ちゃんは悪くないよ」 それは意外なほど、強い口調だった。 「でも・・」 「悪くない。誰かが悪いんじゃなくって、運やタイミングが悪かっただけだよ」 真剣な眼差し。 彩花ちゃんはいつもマイペースで、その心がどこに向かっているのか、よくわからないことが結構あった。 だけど今、彩花ちゃんは真剣に私のこの問題を向き合ってくれている。 綺麗なアーモンド形の目。視線を逸らせなくて、そこに映りこんだ私と見つめ合ってしまう。 そして、彩花ちゃんは私の手を取ったまま、神妙な口調で喋り続けた。 「・・・岡井さんとは、その後、会えた?」 「ううん、ダメだった。控室に戻ったら、お父さんは居てくれたんだけどね。 岡井さんはちょうど、私と入れ違いぐらいに、荷物持って帰っちゃった後だったみたい」 ――何で引き止めてくれなかったの!とか言って、お父さんを半日シカトの刑に処したんだっけ。 「じゃあ、もう全く連絡は・・・」 「それがね・・・何て言ったらいいのか」 私はブレザーのポケットに入れておいたシステム手帳から、1枚の手紙を抜いた。 「これ・・・」 “○○学園高等部に進学しました” 綺麗なピンク色の便箋の上に、愛想のない、ゴシック体の黒文字の印刷文字が躍っている。 「・・・つい最近、岡井さんから届いたの」 「そうなんだ」 彩花ちゃんは神妙な顔で、手紙を透かしてみたり、においをかいでみたり。 「ふふ、私と同じことしてる」 「いやー、何か隠し文字とか、暗号があるのかなって。わざわざ送ってくれたにしては、そっけないから」 「こういう、時候の挨拶みたいなお手紙を、毎年送ってくれるんだ。 お正月、クリスマス、暑中見舞い・・・でも、いつもこんな感じで、手書きではないの。本当に、これだけ」 うーん。 彩花ちゃんと私は、同時に唸った。 この手紙のことを、人に言ったのは初めて。 いつも独特の考え方をしてる彩花ちゃんなら、何か思いつくかなって思ったんだけれど・・・ちょっと、難しかったみたいだ。 「ちなみに、憂佳ちゃんは、返事を出してるの?」 「うん。ただ・・・」 「ただ?」 ――ああ、ちょっと言いづらいな。 私は一旦言葉を切って、深く深呼吸をした。 まさか、こんなにたくさん打ち明けごとをすることになるとは。 少し心の整理をしたいところなんだけど、彩花ちゃんは相変わらずジーッと私の発言を待っている。 「・・・私も、返事、同じように印刷文で出してる。同じように、挨拶の言葉だけつづって」 彩花ちゃんが、目を丸くした。 「彩花ちゃん、私ね。あの・・・。岡井さんにひどいことして、もうこれ以上嫌われるのが怖くなっちゃったの。 傷つけた直後は、すぐに謝ろうって思ってた。でも、時間が経ってしまって、岡井さんの方から手紙をくれるようになって・・・これって、許してもらえたのかもしれないけれど、余計なことを書いたら二度と返事がこないような気がして・・・。 私の気持ちを何にも伝えないまま、今、ギリギリで繋がってる状態」 自分のメールアドレスや、携帯の番号。 何度も書こうと思って、結局綴れなかった。 初めて自分から、勇気を出して声を掛けた友達だったから、例えこんないびつな状態でも、絶対に断ち切れたくない縁。 だけどわかっている。いつまでも、こんなままではいけないっていうのは。だけど、私は・・・ 「・・・彩、何か、岡井さんがうらやましいな」 ふと、彩花ちゃんがつぶやいた。 「どうして?」 「だって、憂佳ちゃんに、ここまで思ってもらえるなんて。 彩結構、ヤキモチ妬きだからね。花音ちゃんや紗季ちゃんにだって、嫉妬することあるのに、岡井さんはもっともっと憂佳ちゃんの気持ちを独占しちゃってるんでしょ?」 彩花ちゃんは、つないだままの私の手を強く握った。 「憂佳ちゃん。憂佳ちゃんは、どうしたい? 岡井さんとのこと、このままにする?何か、違う風にしたい? 私、憂佳ちゃんのこと、本当に好きだよ。彩にできることなら何でもする。憂佳ちゃんが苦しんでるの、見たくない。だから・・・」 「ゆーか!!」 いきなり、背後から名前を呼ばれた。 「あ・・・」 拳を握り締めた紗季が、ずんずんとこっちへ向かって歩いてくる。 真っ赤な顔。さっきの言い争いが、納得できなかったんだろうか。 謝ろうと腰を上げた瞬間。紗季は思いっきり抱きついてきた。 「・・・勝手にいなくならないでよぉ・・・・!」 「紗季・・・」 泣いてる顔を見られないようにか、胸にギュッと顔を押し付けて、紗季は私をポカポカと叩いた。 「ゆうかに、き・・・きらわれ、たっておもった」 「そんなわけないじゃん。怒ってごめんね。紗季が悪いんじゃないの」 「ちゃんと、いってくれなきゃ、わかんないもん・・・!」 ――あぁ、そうだ。 本当に、紗季の言うとおりだ。 何も言わなくても、いつか問題が解決するかも・・・なんて、虫のいい話はないのかもしれない。 私は今まで、優しい友達に甘え切ってしまっていた。 少し不機嫌になれば、誰かがフォローにまわって、私の気持ちを汲んでくれた。 だけどそんなの、いつかは変わらなければいけないときが来る。きっと、それが今なんだと思う。 私の味方だと言ってくれた彩花ちゃんのためにも、怖がらせてしまった紗季のためにも。 そして・・・ 「・・・あー、いたいた!ちょっと、ケンカしないでよー!っていうか、何でみんなで私のことフツーに放置してんの? てか、あのさ、考えたんだけど、ちゃんと仲直りしよう。でね、お菓子持ってきたから、今から・・・」 いつもすこーし間が悪いけれど、気配りと調整の天才、花音。 私を支えてくれる、大切な友達。ケンカした後だっていうのに、みんなが集まってくれると、ホッとする。 「あはは、花音ちゃん。もうそれは解決したんだよー」 彩花ちゃんがそういうと、わかりやすく花音のほっぺたがプクッと膨らんだ。 「もー!そーやっていっつも私抜きで勝手にさー」 「花音。・・ね、お菓子もらっていい?あと、そこに座ってくれる?」 「あ・・・う、うん」 大丈夫、大丈夫。 たまには自分から、自分の思いを話そう。3人なら、一緒に頭を捻って考えてくれるはず。一番いい、答えを。 「紗季、花音。 私ね、実はずっと前から・・・」 次へ TOP
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前へ 「・・・おかしい」 地獄のダイエット開始から数日後、夕食の席で、舞ちゃんは向かいに座るお嬢様をジッと見つめ、つぶやいた。 お嬢様の目のまえには、蒸した野菜にポン酢と大根おろしを添えた超超超ヘルシーディナー(舞様監修)。 隣の栞菜がハンバーグをパクつくのを横目で睨んでいたお嬢様は、舞ちゃんの声に反応し、視線を戻した。 「なぁに?何がおかしいのかしら」 「・・・軍曹、お願いしましゅ」 「へーい」 お嬢様のお声は無視し、言葉少なにやりとりするめぐぅと舞ちゃん。 「きゃああ!?」 「こら、暴れるな!」 めぐぅは初日同様、お嬢様の後ろに回ったかと思うと、おもむろにその小さな体を抱き上げた。 「離しなさい!め・・・村上さん!命令よ!」 最近はもはや何の権限もなくなったお嬢様の「命令」は当然のごとく流され、またも高い高い状態に処されてしまうお嬢様。 「あんまり乱暴なことしちゃダメケロ、舞ちゃん!(キリッ)」 「どうでしゅか、軍曹」 ・・・ええ、もちろん私もスルーされまくりですが何か?べ、別に泣いてなんかいないケロ! 「・・・変化なしですね、萩原さん」 「ふーん・・・」 2人の℃Sの眼光が、お嬢様をギラリと捉える。 「ちしゃと、鬼軍曹の見立てだと、ダイエット前と体重がまったく変わっていないみたいでしゅけど」 「な、なにを言ってるの?千聖にはなんのことだか」 「あ、それは違うよめぐぅに舞ちゃん。ちゃんと微妙に痩せてはいるよ。昨日たっぷり触った感じだと・・・まあ、4●.6㌔ってとこだかんな。」 「そんなの誤差の範囲でしゅ。ちしゃと、どういうことでしゅか」 「フガフガフガフガ」 ――栞ちゃんよ、何なのその能力は。当然のように受け入れる舞ちゃんもどうかしてる。 今朝学校で梨沙子ちゃんが「舞ちゃんと有原さんって岡井さ・・ううん、やっぱなんでもないです」とか言いながら、失笑して去っていったことを思い出す。ああ、2人の残念な性癖が学園中に拡散されていく・・・ 「あの食事内容で、痩せないなんておかしい。 寒天にお豆腐、納豆、野菜、こんにゃく。むしろ太る要素を教えて欲しいぐらいでしゅ」 「そ、それはだからえっとあの・・・ぎゃ、逆の意味で偏った食生活が、千聖の体を蝕んでしまったというか」 「はあ?何言ってんの?だったらこれはどう説明するわけ?」 舞ちゃんがビシッと指さすその先にいたのは、エキゾチックな美貌の持ち主・我らが寮長。 「ん?呼んだかな?」 お嬢様と同じく、夕食のメニューは蒸し野菜オンリー。 それを、まるで菩薩のような微笑を浮かべて食しているえりかちゃん。 ダイエットには全然乗り気じゃなかったはずなのに・・・もはやあきらめの境地なのか、ただただ淡々と、お箸を動かして食物を口に運んでいる。 「ほら、えりかちゃんはあんなに痩せたっていうのに。同じメニューのちしゃとがそのままってどういうこと?」 舞ちゃんの指摘どおり、過酷な食事制限を我慢強くこなしていたえりかちゃんは、もとどおりのスレンダーな体を取り戻していた。 まあ、解脱したような顔で「チョコ・・・」「ケーキ・・・」と虚ろにつぶやくのは気がかりだけれど。 「き、きっと、えりかさんと千聖では代謝が違うのよ。それに体格ももともと違っているし」 「・・・・・あ、そういえばお嬢様、今日は何味を食べたんですかー?」 フガフガと言い訳を続けるお嬢様に、いきなり舞美ちゃんがにこにこと話しかけた。 「あ、あら・・・舞美さん、一体なんのお話を・・・」 「ほら、最近放課後よく大学の学食にいらっしゃるじゃないですか。もぉ軍団の子たちと一緒に」 「が・く・しょ・く?」 「ああー、舞美ちゃん、舞美ちゃん!」 愛理の半笑いのフォローもむなしく、舞ちゃんの目がキラリと光る。・・・ごめん、お嬢様。擁護してさしあげたいのはやまやまですが、中島の敵う相手では・・・ 一気に空気が張り詰める食堂で、舞美ちゃんはいつもの調子で明るく喋り続ける。 「ほら、今ラーメンフェアやってるでしょ?お嬢様、いっつも梨沙子ちゃん熊井ちゃんとラーメン3種」 「ちーしゃーとー!!!!!」 舞火山、大噴火。 あ、でも暴力はダメ。とめぐぅがお嬢様の前に立ちはだかってしまったから、舞ちゃんは顔を真っ赤にしたまま、乱暴にドスンと椅子に座りなおした。 そのまま、横の私の脇腹をつねる。 「ま、舞ちゃん痛いケロ!痛いケロ!」 「ケッ。摘む肉がないでしゅ。身のしまった魚介め。出荷すんぞ」 嗚呼、ひどいとばっちりだケロ!でもこのぞんざいな扱いに、悦びを感じてしまうもう一人の私がいるのも事実で・・・。“そういうこと”にはやたら反応が早い栞ちゃんが、ニヤッと笑いかけてくる。 「・・・ちしゃと」 舞ちゃんは珍しくちょっと低い声を出した。 さすがのお嬢様も、姿勢を正して向き直る。 怒鳴るのかな、なんて思ったら、舞ちゃんは1つ大きなため息をついてうつむいた。 「・・・舞?」 「ちしゃと、ひどいでしゅ・・・」 ひっく。 静かな部屋に、舞ちゃんがしゃくりあげる音。 「舞ちゃ・・・」 横から見てたら、舞ちゃんの膝に雫がぽつりと落ちるのがわかった。 「え・・・ええっ!?」 ロリ舞(選択小説を参照ケロ!)ならともかく、この、覇王様が。涙を? 「舞がこんなに一生懸命、やってるのに・・・」 「ま、舞?まあ・・・そんな、泣かないでちょうだい、舞ったら」 お嬢様は急にオロオロし出して、私を押しのけるように舞ちゃんの隣へ座った。 「・・・これからちゃんと、ダイエットやる?」 お嬢様の指を指でもてあそびながら、ちょっと甘えた声を出す舞ちゃん。 「お嬢様!舞ちゃんの涙を無駄にしてはいけないケロ!」 私もたまらず後ろからお嬢様を説得する。 「・・・わかったわ。改心して、減量に勤しむ事にします。舞、ごめんなさいね」 さすがに泣かれたのは応えたのか、お嬢様はいつもの(キリッ)て感じの顔になって立ち上がる。 「お嬢様、よくわからないけど、とりあえず走りに行きましょう! 走れば何もかも、どうでもよくなりますよ!ね?」 「ええ、そうね。舞、見ていて。私の頑張りを!」 「ふふふ、お嬢様・・・蜃気楼が見え始める頃、お嬢様もウチと同じ境地にたどり着けますよ・・・ふふふ・・・」 体育会系と悟りを開いちゃった系、2人の応援もあって、お嬢様は食事を終えると、すぐにジャージに着替えて、ランニングに出かけていった。 「・・・いやー、でも早貴、さっき本当にびっくりしたよ!だってさぁ・・・」 「でも、お嬢様が頑張るきっかけになったなら、それは良かったんじゃないかなあ。ケッケッケ」 食後、調理場にて後片付けをしながら、愛理と雑談に興じる。 「あ、ちょっと残りの食器さげてくるね」 「ほーい」 洗い場を愛理に任せて、食堂に戻ると、ちょうど足元に手のひらサイズの容器がコロコロと転がってきた。 「ん?」 「ああ、ごめんごめんなっちゃん」 ひょいっと摘み上げると、表面に「タイガー●ーム」の文字。よくある、定番の湿布薬だ。ツンとしたにおいが鼻を掠める。 「舞ちゃん、肩こり?」 そういえば、これママが使っていたな・・・なんて思いつつ聞いてみたけれど、舞ちゃんは無言で首を横に振った。 「さっき、塗りたくったんだよね、まぶたに。あーまだヒリヒリするんだけど」 「・・・は?」 まぶた・・・ですと? 私の脳裏に、中等部のころの思い出がよぎる。 そう、あれは演劇発表会の時。 悲しいシーンでうまく涙を流せない私のところに、ゆりなちゃんがくまくま笑いながらやってきた。 なかさきちゃん、うちいいもの持って来たよ!これを目に塗りつければ、絶対に泣ける!大丈夫、ちゃんと弟で試したし!さあ!やめろ熊井コラ、眼球はダメだケロ!痛いケロ痛いケロ!ほーらなかさきちゃん、ちゃんと泣けたね、良かったね!! 「・・・舞ちゃん、もしかしてさっき泣いてたのって」 「ふふん」 舞ちゃんは軽く笑うと、私の手から取ったタイ●(ryを、ぽーんと栞ちゃんに投げた。 「ほんと、これ効くねー。いろんな意味で。」 「でしょ?舞ちゃんの涙なら、お嬢様もイチコロだかんな」 ――お、恐ろしい・・・こいつら、グルだったのか・・・!でも、いったいいつから?だって栞ちゃんは、 「か、栞ちゃん、お嬢様のダイエット、反対じゃなかったの・・・?わけがわからないケロ」 私はクラクラする頭を押さえながら聞いた。 「はーん?まあ、そんときはそんとき、今は今だかんな。私は常にエロくて可愛くて楽しいものの味方だかんな。 どんな形態のお嬢様だろうと、お嬢様がお嬢様なら栞菜的には何の問題もないし」 「なーにかっこつけてるんでしゅか、℃変態の癖に。ま、ちしゃとの愛くるしさの前ではそういう考えにならざるをえないのはわかりましゅ」 なんだ、こいつら。 まるで不良男子が河原で殴り合い、「へへ、お前のパンチ、効いたぜ?」「そっちこそやるじゃねえか」っていう定番のあれみたいに、爽やかに拳をぶつけ合う2人。何、この世界観。 「いいんだよ、なっきぃ。わからないのが普通。ケッケッケ」 「キュフゥ・・・」 いつの間にか調理場から移動してきた愛理に肩をぽんぽんされながら、私は乾いた笑いを漏らしたのだった。 ――数週間後 リ*´一`/リ ホッソリ (o・ⅴ・)<舞のおかげで痩せ聖ちゃんでしゅね リ*´一`/リ<ウフフ・・・ (・ⅴ・o)<それに引き換え ノk| ‘ - ‘ ;)<あわわわ ノk| ‘ - ‘ ;)<お嬢様を挑発するために食べまくってたら、ごらんの有様だかんな ワクワク(o・ⅴ・*)<ようこそ、萩原式ダイエットスクールへ! リ*゜一゜/リ<ウフフウフウフフフフウフフ 从・ゥ・从<栞菜、とりあえず走ろう!走れば(ry リl|*´∀`/l|<受け入れるのです、この世の全ての不条理を・・・そこに見えた光こそが新世界の ノk| ‘ - ‘ ;)<ヒーン ガクガクガクガク ノソ*^ o゚;)州´・ v ・;)ブルブルブル 次へ TOP
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前へ 学校帰りの夕暮れ。 歩いていると、向こうから学園の生徒さんが一人歩いてくるのに気付いた。 なかさきちゃんだ!! その時、僕の心は浮き立った。なかさきちゃんに会えるとは! あれからずっと、彼女のことをもっと知りたいと思ってたんだ。 仲良くなりたいなと思って。彼女の笑顔も見てみたいし。これはその絶好の機会、だから心が浮き立ったんだ。 暗がりの中を向こうから一人で歩いてきた彼女。 夕闇のなかで見る彼女の整った顔立ちは、透き通るように白く見えた。 どこか北国の田舎町から出てきて学園の寮に入ったのだろうか、って感じのする純朴そうなその顔立ち。 まあ、僕は人のことをとやかくは全く言えないんだけど。田舎者っぽく見えるという意味で。 なかさきちゃんのその表情には、やっぱり引き付けられるものがある。 そして、彼女の何とも言えず幸の薄そうなその雰囲気。 なかさきちゃん、苦労人なんだろうなあ・・・ なーんて、勝手に彼女のキャラをそんな風に想像してしまい、つい可笑しくなって噴き出しそうになる。 勝手にこんなこと思ってるのが真面目な彼女にバレたら思いっきり睨み付けられそう。 僕がなかさきちゃんの姿を認めるとほぼ同時に、彼女も僕のことに気付いたようだ。 すると、彼女の表情はわかりやすく変化した。 すっごく嫌そうな顔・・・ そんな顔されるほど僕は何かしたのだろうか。 あの時のお嬢様とのことがあるからなんだろうけど、そこまでの顔をするほどのことだろうか。 何か僕のこと誤解してるんじゃないか、彼女? ひょっとして、チャラい男とでも思われてたりして。こんなに硬派な僕なのにそれはないと思う。 もし変な風に誤解されていたらと思うと、誤解されたままっていうのは嫌なので、そこははっきりさせたくて彼女に声を掛けた。 「なかさきちゃん!」 そう声を掛けると、彼女はビクッと体を震わせた。 なんか、なかさきちゃん怯えてる? ひとりでいるところを男に声を掛けられたのが、そんなにびっくりすることだったのだろうか。 でもやっぱり、この子の表情って、とっても魅力的でかわいいな。 この状況でこんなこと考えているのがバレたら決定的に嫌われそうだから、僕は彼女に対して意識的に善人アピールの笑顔を向けた。 もちろん、なかさきちゃんは僕に対して怯えてなんかはいなかった。 なんとなくそう見えるのは、彼女のその表情に対する先入観にすぎない。 でも、僕のことを決して好意的に思ってもらえていないのは確かのようだ。 僕に対して警戒心を解いていないのはその表情からも明らかだし、僕の呼び掛けに対してもなかさきちゃんの返事はとげとげしかった。 「・・・何か?」 露骨に僕を避けて通り過ぎようとする彼女の行く手を反射的に阻んでしまった。 「ちょっと待って。話しを聞いてよ!」 「こ、困ります。離して下さい!」 離して下さいって、別に僕は彼女のことを掴んだりとかはしてないんだけど。 そんな言い方されたら、まるで僕が女の子にからむ悪い男みたいじゃんか。 もしかして、これはまずい状況に陥っていないか? 客観的に見て、まるで女の子が悪い男に声を掛けられてるみたいに見えるんじゃないか、これ。 それはダメだろ、善意の第三者から最低な男と見られかねない。 現に、通行人のおばさんがまるで不審者でも見るような怖い目付きで僕のことを睨んでいる。 この僕のことが、怯える少女にニヤニヤとした顔でからむ変態男、に見えているのかも? とんでもない誤解だ。 この誤解された状況を早急に沈静化しなければと思っていると、そこにまた別のひんやりとした冷たい声が僕にかけられた。 「なにしてるんだかんな」 振り向くまでもない。この特徴的な声。 栞菜ちゃんだ。 「栞ちゃん!!」 彼女の登場でとりあえず場の空気が変わった。 周囲の人たちはとりあえずそれぞれの行動に戻って、それ以降周りの目を感じることは無くなったのだ。 僕は栞菜ちゃんに助けられたんだろうか。 それとも、彼女の登場でここから更にやっかいなことになる展開なのだろうか。 「あのな一つ言っておくけど、“栞ちゃん”とかオメーちょっと馴れ馴れしすぎるだろ。置かれてる立場ってものをわきまえろよ。分かった?」 「(何だよそれ・・)わ、わかったよ・・・ じゃあ、栞菜。←これでいい?」 「バカなの、お前? 気安く名前で呼ぶなって言ってるんだけど」 「ちぇっ。細かいんだな有原は」 「有原さん、だろ。上下関係を尊重できない人間は社会に出て苦労するかんな」 いつ彼女が僕より上の立場になったというんだろう。 なんなんだ偉そうに。同い年だろ!何だその上から目線は。 だんだん分かってきたけど、この人ちょっとおかしいでしょ。頭の中どうなってんだ。 ・・・って思ったら睨まれた。 また心中を読まれてしまった。サトリ相手っていうのは本当に面倒くさいことこの上ない。 彼女のその表情、完全に僕を上から見下ろしている。 あきれ返ったような口調で栞菜ちゃんが話し始めた。 「オメー、この前は愛理をつけまわしてたかと思えば、次から次へとよくもまあ」 「えっ!? 愛理なの? 私が聞いたのと違うんだけど」 「それも間違ってないよ。こいつ手当たり次第だから。とんでもない男だかんな」 「・・・・そういうデタラメをまるで真実であるかのように発言するのはやめてもらえるかな。栞、有原さん」 反論する僕の態度が気に入らなかったのか、睨んでくる栞菜ちゃん。 そして、彼女は僕の耳元にドスの利いた声で囁く。 「わかってると思うけど、命が惜しいなら俺の嫁には手を出すなよ。あー、でも萩原がいいんだっけ、このドエームが」 意味不明。 俺の嫁って・・・・ なんなんだこの人は。 なるほど。それは確かになかさきちゃんには聞かれたくないでしょうね。 でも、今のはちょっと聞き捨てならないところがあった。 「僕のことはどう言ってもらっても構わないけど、舞ちゃんのことを揶揄するのはやめてくれないかな」 「なんだぁ!? ずいぶんと生意気な口をたたくんだね。女好きのくせに」 女好きとはなんだ! こんな硬派な僕に向かって、そんなことを言われるのは心外だ。僕は舞ちゃん一筋なんだ。 そりゃ、確かにお嬢様も可愛くて心を惹かれるけど。それから愛理ちゃんも。あと最近は梨沙子ちゃんも気になっ(ry 僕らのやりとりにもうずっとドン引き顔のなかさきちゃんが栞菜ちゃんに尋ねる 「かんちゃん、この人のことよく知ってるの?」 「知りたくもないんだけどね。なりゆきで」 ツンツンとした表情のなかさきちゃん。やっぱりなんかいいなあ、この子の表情。 なんて、この状況なのにそんなことを思ってしまった。 怒ってる顔なんだけど、やっぱりどうしても怯えている感が見えるように感じられてしまうのは何故なんだろう。 彼女のそんな複雑な表情。こういう表情って男には結構たまらないものがある。 この子は女子校に進んで正解だと思うよ。 共学だったら男子が放っておかないだろう。こんなに可愛くて、こんなにイジりがいのありそうな女の子。 大人気になってしまうんじゃないか、いろいろな意味で。 nkskには(自主規制)を見せたくなる、とか言い出すやつも出てきそう。 なかさきちゃん、小学校は普通の公立校だったんだろうか? どういう感じだったのか、ちょっと興味があるな。 熊井ちゃんの幼馴染なんだっけ、なかさきちゃん。なんとも面白そうじゃあないですか、この子の歩んだ道は。 やっぱり彼女とは仲良くなりたい。僕に怖い顔でなく笑顔を向けてもらいたい。 そして、色々と話しをしてみたいな。 学園生の同学年の人の中で、何となく彼女が一番まともな話しが出来そうな気がするんだから。 次へ TOP
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前へ 「あら、大きな熊さんもご存知なの? さすがにお二人は仲がいいのね。ウフフ」 「へー、そうなんだ!! 舞ちゃんにねぇ・・・」 桃子さんがわざとらしい笑顔で僕を見る。僕は恥ずかしさのあまり思わず顔を伏せてしまう。 そして、桃子さんはお嬢様に向き直ってこう続けた。 「でも、ちさとはそれでいいの?」 「え? どういうことかしら」 「だってさ、舞ちゃんを取られるかも知れないのにそれでもいいの? ちさと的には」 桃子さん! いい質問です!! それは僕がずっと聞いてみたいと思っていたことです。 でも、その答えを聞くのは怖い。ひとり緊張感が走る。 「ウフフフ、取られるだなんて表現がおかしいわ桃ちゃん。それに、その答えを出すのは舞自身ですから」 お嬢様は動揺を全く見せずにそうお答えになった。 お嬢様のそのお答えは、どういう意味を持っていたのだろう。 僕の思いを許してくれているのだろうか。 それとも、それを知った上で舞ちゃんが僕を選ぶ訳が無いと確信しているのだろうか・・・ 深く考えたわけではなくその答えなのか、それとも・・・ その答えの意味を考えれば考えるほど僕は不安になる。 でもどちらだったにしても、その自信たっぷりに見える余裕あふれる答えに、僕は絶望的な気分になった。 最初から分かりきっていることだけど、絶対かなうわけないじゃん。お嬢様相手に。 だって、舞ちゃんにとってお嬢様は・・・ そんな僕の心境を知ってか知らずか、お嬢様が真顔で僕のことを見つめてきた。 その茶色い澄んだ綺麗な瞳に見つめられ、僕の視野にはお嬢様以外のものは入らなくなる。 「ひとつお聞きしたいのだけれど・・・」 「はい、なんでしょう?」 「舞に何があっても、舞のことを全力で守ってくださる?」 お嬢様は真剣な表情で僕のことを見ている。その時のお嬢様はやけに大人っぽく見えた。 その質問、よくぞ聞いてくださいました。 ここぞとばかり、僕は自信たっぷりに答える。 「そんなの、もちろんです」 お嬢様は真剣な表情を崩さずに話しを続ける。 が、何か言葉を選んでいるような口ぶりになった。 「例えば、その、これはもしもの話なんですけど、舞がもし幼児化したりしてしまったとしても?」 ?? 何て言ったんだろう。よく聞き取れなかった。 ようじか? 幼児化?? 意味が分からない。 でも、お嬢様が舞を守ってくれるのかと聞かれているのだ。思わず背筋が伸びる。 僕の答えを聞いてくださいお嬢様。 「何があっても絶対に僕が守ってみせますよ。必要とあらば暴力を使うことも辞さない覚悟です。こう見えても僕はケンカで負けたことは一度も無いんですから」 これは本当です。 まぁ、ケンカしたことが無いんですけどね。 「まぁ、頼もしいわ。そこまで舞のことを」 「でも暴力はダメよ、ウフフ」 このお嬢様の御質問には僕のテンションが上がった。 舞ちゃんのことを全力で守る、そのシチュエーションを想像すると、今晩はたぶん寝れなくなりそう。 「素晴らしいわ。ねえ、桃ちゃん」 お嬢様が瞳を輝かせてくれたのと対照的に、桃子さんのその表情は何といいますか、とても懐疑的でジトっとした視線だった。 「どうだろ。男の子は平気でそういうこと言うからね。言うだけならタダなんだから」 「まぁ、桃ちゃんったら」 「第一、そこまで舞ちゃんが好きなのに、愛理に見とれてたんでしょ」 桃子さんは何かいちいち引っ掛かる言い方をする。まだそこにこだわりますか。 僕がピンクのペンライトを持たなかったのがよっぽど気に障ったんだろうか。 でも、アイドルの子を好きになるのと、実際の女の子を好きになるのは、「好き」の持つ意味が違いますから。 恋愛の対象として好きなのはただ一人、舞ちゃんだけですから! そこは、はっきりとしておきたい。 「や、あの、愛理ちゃんは一人のアイドルとして好きっていうか。彼女に対する想いは何かバーチャルな感じであって、好きの意味がそこは違うわけで。 それに、舞ちゃんの他で好きな女の子って言うならます第一におじょ・・・いやその何を言いたいのかと言うと、つまり現実として僕が一番好きな女の子は舞ちゃんなんです!」 あ、ついムキになってテンパって思わず凄い重大な発言を・・・。 初めて自分の口から宣言してしまった。 見事に誘導尋問に引っかかったような気がする。 完全に桃子さんの思い通りに展開されている感じが・・・ 「おー!!少年、熱いねぇ。青春してるねー。若いって素晴らしい!ヒューヒュー」 「桃ちゃんったら、そんなからかったりするのは失礼だわ」 お嬢様、お気遣いありがとうございます。 その横で桃子さんは、まるでゲームを楽しんでいるかのような楽しそうなその笑顔。 彼女の手のひらの上で遊ばれてるんだろうなあ僕は。 桃子さんに完全に面白がられているのが分かる。 ニヤニヤとした顔で僕を見ている桃子さん。 「ふーん、愛理はアイドルなんだ、少年にとって」 「へ?まあそうですね。Buono!は僕にとって一線の向こう側って感じで」 「ってことは、もぉもアイドル? そういうことだよね、もちろん」 「も、もちろんです。Buono!の中でも、桃子さんこそが真のアイドルって感じがしますよー。あははは」 ここはこう言わざるを得ないだろう。 ステージではやっぱり愛理ちゃんに一番見とれちゃうなあ、ということは心の奥底だけにしまっておく。 せっかく桃子さんの機嫌が良くなってきているのだ、この流れを止めないようにしなくては。 いやまあでも、お世辞じゃなくBuono!の3人は本当にアイドルオーラが凄いなと思うけど。 「じゃあ、その少年にとってアイドルであるBuono!の曲のなかで一番好きな曲は?」 Buono!の曲かあ、いい曲が多くて選ぶのは悩むな。 消失点かな、カタオモイもいいな、ホントのじぶんも捨てがたい、MY BOYも盛り上がるし。 でもこの質問、あの答えを使うのは正に今この場面なのではないだろうか。桃ヲタに教えてもらったあの曲名。 「・・・・あいにーじゅー、デス」 「そっかー! I NEED YOUが好きなんだ。意外といいセンスしてるんだね、少年」 僕に対する桃子さんの態度が少し柔らかくなったような気がする。 桃ヲタから聞いた情報が役に立つ日がくるなんて。 「でも少年、I NEED YOUって失恋の想いを歌った曲なんだけどねー。その気持ちに共感するんだウフフ」 そうなのか・・・聴いたこと無いので知らなかった・・・ 「またBuono!のライブがあったら見に来てくれる?」 「もちろんです。今回のライブは最高でしたから。来年の学園祭も期待してますよ!」 「ウフフ。じゃあ、来年の学園祭、楽しみにしてるといいよ。爆発しないようにね少年」 「そうねウフフフ。来年はどうなるのかしら。まだ先の話しすぎて。でも楽しみだわ」 「はい、本当に楽しみにしています」 顔を見合わせて笑いあう桃子さんとお嬢様。いいなあ、この2人。 そう思っている僕に桃子さんが真面目な声でつぶやく。 「I NEED YOU が好き、か」 「でも、まぁ少年の気持ちは分かった。そっか、そこまで本気なんだ舞ちゃんに」 真っ直ぐに僕を見る桃子さん。さっきまでのからかうような表情と打って変わったその真剣な眼差しに僕の背筋が伸びる。 心の中まで見透かされてしまいそうな桃子さんの眼差し。 「もぉは人のことには干渉しない主義なんだけど、勿体無いなあと思うこともあるんだよね」 何だろう、話しが見えないぞ。 「舞ちゃんもせっかく素晴らしい才能を持ってるんだから、もう少し世界を広げたほうがいいのかもね。千聖べったりじゃなくてさ」 「そういうことで、少年!応援してあげようか?」 桃子さんがにこやかにそう言ってくれる。 望外の言葉を頂いて、思わず身を乗り出してしまった。 「本当ですか!?」 この人を味方につけたらそうとう心強そうだぞ。 これは追い風全開じゃないか。いよいよ僕の時代到来なのかそうなのか。 おもわずそう思ったのが表情にはっきり出てしまったようだ。 そんな僕をからかうように、甘い表情を一変させてニヤリと冷たく笑う桃子さん。 「なわけないじゃん。調子に乗らないの。世の中そんなに甘くないよ、少年」 「桃ちゃんったら、もうウフフフ」 「ね、見たでしょ千聖?今の顔。完全に引っかかったよね。男ってホント誘惑に弱いよねー。ころっと騙されるんだから。男っていうのはこういう単純な生き物だからね、ちゃんと見ておくんだよちさと」 ・・・・・・ やっぱり、この人に遊ばれてる。 なんだろう、この人は今までに出会った学園の人達とは全く違うぞ。なんか、さすが軍団長だ。 そんな桃子さんの横で誇らしげな表情の微笑で桃子さんを見つめている千聖お嬢様。 その表情からも、この2人の間にある絆のようなものが感じられる。 桃子さんと千聖お嬢様、今日おふたりにお会いできたのは僕にとって得るものがあった気がします。ありがとうございました。 あれ? そういえば、彼女のことをすっかり忘れていた。 熊井ちゃんはどうしたんだろう? さっきからずっと静かじゃないか? 彼女が話しをかきまぜてこないなんておかしすぎる。 そう思って、視線を熊井ちゃんに向けて見ると・・・ 彼女は壁にもたれかかって寝ていたのだった。それはそれは幸せそうな寝顔を浮かべながら。 次へ TOP
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前へ キャー、矢島せんぱーい えりかお姉様ー ――あー、うるせーな。 湧き上がる黄色い歓声が癇に障って、岡井さんの顔を見るのに集中できない。 「ねー、みずきちゃ」 「キャー、ももちせんぱーい!」 お前もかよ! 「遥ちゃん、列の先頭ね。黒髪で色白の、さわやか美人さん。あの人が生徒会長の矢島さん。 陸上部では記録をバンバン更新し、学業成績も優秀で・・・それでいて、気取ったところのない素晴らしい方なの。天然で可愛らしい一面も持っていらっしゃってぇ」 「みずきちゃん、よだれ拭いてね」 「その隣。明るい茶髪の、スラッと背の高い方。総務の梅田さんね。ファンクラブまである、大人気の先輩だよ。エキゾチックな美貌と、涙もろくてちょっぴりドジッ子なギャップがたまらんですたいって感じだよね。 で、後ろ。小柄でとても可愛らしい、メガネの先輩がいるでしょう?会計の清水さん。 生徒会3年生のまとめ役で、先生方からも絶大な信頼を寄せられていた方。真面目だけど、それだけじゃなくてね、後輩にも気さくに接してくれるの。悩み事を相談してた後輩もたくさんいたみたい。」 淡々と、しかし口元をニヤつかせながら私に無駄情報を垂れ流すみずきちゃん。写真部のでっかいカメラを構える姿は普段ならカッコよく見えるけど、今は話してる内容が内容だけに、盗撮専門の本格的なヘンタイって感じだ。 「つか、みずきちゃんがそっち系だったとは知らなかった」 「そっち?どっち?」 「言いたくもねーわ」 すると、みずきちゃんは片眉を上げて、ふっと鼻で笑った。 「ふふ。そんな事いってるけど、遥ちゃんだって」 「だから、岡井さんは違うってば」 「おやおやー?岡井さんのことだなんて、いつ言ったかしら」 「なっ・・・」 カッとなった私は、再度みずきちゃんにおっぱいタックルを食らわしたろうと身構える。 「もー、だめだよ。お子ちゃまだなあ」 恒例の遊びだから、私の行動なんてお見通しなみずきちゃん、余裕の表情で私のおでこに手を添えて前進を妨害してきた。 「はーなーせー」 「あのね、遥ちゃんも大人になればわかるだろうけど、胸はそんなに乱暴にしたらだめなのよ」 「だって狙いやすいじゃん。みずきちゃんのでっけーし」 「ああ、そういえば岡井さんもかなり、お胸が豊かなのよ」 「くぁwせdrftgyふじこlp」 みずきちゃんのせいで、手前の先生にシーッ!て注意を促される。 しかも、私の方だけ睨んできてるし!こえーな、みずきちゃん。腹黒め。 それにしても・・・なんなんだろう、みずきちゃんの乳がデカくてもどうでもいいのに(攻撃目標ぐらいにしか思わん)、岡井さんもでっかいんだ、とか思うと、すごくソワソワする。 みずきちゃんにやってるみたいに、タックルやパンチを食らわせるんじゃなくて、つまり・・・(あ、余談だけどみずきちゃんはちゃんとやりかえしてくるよ!バロスペシャルってやつをやられた時は死んだ。) 「あー、遥ちゃん遥ちゃん!見て!」 私がまた、岡井さんに気をとられかけていると、思いっきり背中をバシバシやられた。 「いってえ!」 「ほら、あの人!」 珍しく、声を裏返らせて興奮してるみずきちゃん。 しぶしぶ言われた方向に顔を向けたら、一人の3年生が、歓声の中をクネクネ歩いていくのが見えた。 “ももちせんぱーい!” “もぉ軍団は永遠ですよー!” “Buono!やめないでー!!” 見たこともないような、ドぎつい水玉模様のピンクのリボン。 キラキララメが光りまくってるニーソックス。 スカートは白いレースのフリルがたっぷりつけられ、ツインテールの髪を、イチゴのついたヘアゴムでまとめたヤバイ感じの人が、在校生席にご機嫌に手を振っている。 「な・・・なに、あれ」 「うおおおももちももちももち」 「誰だお前」 野太い声で声援を送るみずきちゃん。・・・もう、ほんとダメダメだねこの人。 「いいですか工藤さんあの御方は嗣永桃子様というお名前で在らせられてあのような非常に個性的且つ華やかなキャラクタアで当学園のシンボルとして君臨しそのカリスマ性は(ry」 うわあ・・・どうすんの、これ。 もはや写真クラブというか、アレじゃん。カメラはもう完全にツグナガさんって人の方しか向いてないし、シャッターの音も連写のようにパシャパシャと鳴り止まない。 「ああ・・・美しい小指。桜貝のような御爪・・・キュートでチャーミングなあの笑顔。もう、天使だね。そう思わない?」 「思わねえし」 “キャー、ももこせんぱーい!” 「ウフフ、ありがとぉ♪」 “ももちせんぱーい!御卒業おめでとうございまーす” 「うれしーにゃん♪えいっ、こゆびーむ!」 キャアアア! ――何これ。さっきまではちゃんと卒業式って雰囲気になってきてたのに、このももちとかいう人が引っ掻き回して、自分のステージにしてしまっている。 顔・・・ま、確かにかなり可愛いんだけど、さっきの生徒会長とかウメダって人とかに比べたら、めっちゃくちゃ美人っていうわけでもない。 なのに、その高3とは思えない動きとアニメ声、変なキャラがプラスの要素になって、まるでテレビに出てるアイドルのようにもてはやされて輝いている。 ギュフー!とかいう変な歓声も聞こえる。変人は変人を呼ぶということなのだろうか。 「あはは、もも、それは後でね!列が乱れちゃってる!おさがわががせしました!」 すると、さすがに慌てた様子で、生徒会長さんが戻ってきた。 そのまま、“ももち”の首ねっこを掴んで、ずるずると引きずって行ってしまった。 「ファンのみんな、あとでねー♪もぉ軍団がももちお別れの会をやってくれるから、楽しみにしててにゃん♪」 は?やんないし!とそのナントカ軍団と思われる人の声が聞こえた。・・・ま、そういう力関係の軍団なんだろうな。 しかし高等部というのは、予想以上に濃いキャラクターの集まりだったみたいだ。学校新聞ぐらい読んどけばよかったかな。 それにしても・・・きっと、大事な式がこんな風におちゃらけた風になっていて、お嬢様な岡井さんは不愉快な気持ちになってるんだろうな。 別に自分がそういう空気にしたわけじゃないのに、何かソワソワしてしまって、チラッと岡井さんの方を見る。 「あれ・・・」 だけど意外なことに、“ももち”の後ろ姿を見つめる岡井さんは、とても優しい顔をしていた。 周りの人みたいに、熱狂的に盛り上がってはいないけど、あの茶色い瞳で、まっすぐな視線を送っている。 「あ、お2人はももちさという通名があるぐらいの名コンビだから。不思議なくらい相性がいいんだよ。そもそも2人の出会いは(ry」 「聞いてない 誰もそこまで 聞いてない」 相変わらずキモキモなみずきちゃんはさておき、やっと卒業生全員が着席し、在校生席の電気も灯った。 「あー、もうフィルムが残りわずかだよ。どうする、遥ちゃん?」 「どうもこうもないっすよ」 ま、全然興味のなかった卒業式だけど、少しは楽しませてもらえそうだ。 「一同、起立」 校長先生の声で、空気が変わったような気がした。 “ももち”も、もう笑ってはいなかった。さっきのおちゃらけた態度が嘘みたいに、黙っていると陶器のお人形みたいに無機質な顔になる。 みずきちゃんもシャッターの手を止め、いつものぼんやりとした、何を考えてるかよくわからないけど、綺麗な横顔に戻っていた。 まだ切り替えの上手くできない私を残して、会場中が、これから始まる大事な式に向かって、緊張感を持ち始めているみたいだった。 次へ TOP
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電話に出て梨沙子の声がした時、千聖の頭は一瞬にしてパニックに陥った。 何で梨沙子がここに電話をしてきたのか、その疑問が頭の中をぐるぐると渦巻く。 このお店の番号を知る手段は限られ、中学生の梨沙子が番号を知るのは不可能に近いはずである。 番号を知るには既に会員からの紹介してもらうか、オーナーから名刺を貰うかのどちらかしかない。 そのどちらの条件も梨沙子が満たせるとは考えられないので、千聖としてはお手上げだ。 「りーちゃんって今はっきり言ったよね、千聖」 「そ、そ、それは・・・」 誤解だよ、とその先が続かない、続けられない、続けられるわけがないの三拍子が揃っては何も言えなくなる。 梨沙子が言う通り、自分は間違いなく岡井千聖なのである。 どう言い繕うとも、自分が岡井千聖であることは否定できない事実なのだ。 それを、ここで認めてしまうことは弱味を握られてしまうことも意味している。 では否定をすれば良いのかといえば、それもまたあまり意味のあることでもない。 何故ならば、梨沙子の口調は断定的といっていいまでに強く確信している節がある。 口べたな千聖ではどうあがいても梨沙子を考え直させるだけの力はなく、流れに身を任せる他なかった。 「今更何言っても無駄だから。千聖だってことはわかってるからさ。へぇ~驚いたな。あんたみたいな子がホストクラブでバイトとはね」 「あ、あのぉ~この事は誰にも内緒にするって約束してくれる?」 「ふふっ、わかってるって。誰にも話すわけなんてないじゃん。安心して」 「絶対だからね、お願いだよ」 受話器から聞こえてくる梨沙子の冷たい笑い声には、弱い者いじめを楽しむかのような響きがある。 千聖の弱みを握れたことの喜びに浸り、ご満悦な様子の梨沙子が目に浮かぶ。 「大丈夫だって。私だって約束くらい守れるもん。ただし、条件があるんだけどね」 「条件?」 「簡単だよ。私を抱いてくれればそれでいいの。別にあんたじゃなくてもいいよ。あんたのお店のかっこいい男なら」 「で、でも・・・」 「あんたは断れないはずだよ。何でかはあんたがよぉくご存じだと思いますけど。まぁ詳しい話は明日学校でね」 一方的に用件を話すと、梨沙子は電話を切ってしまった。 ツーツーと通話が切れたことを知らせる機械音も、今の千聖には耳に入ってもいなかった。 今はただ何も考えたくもなかった。 ←前のページ 次のページ→
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前へ 「風紀!常識的な行動!清く!正しく!(ry」 エクソ●ストな美人二人を正座させて、風紀委員長さんのキャンキャンと甲高いお説教が響き渡る。 だけど、肝心の矢島さんとちさとさんは、こっそり目配せして微笑みを交わしあったりなんかして、全然反省していない模様。 お嬢様でも、こういうイタズラ心は庶民と全然変わらないのかな。可愛らしくて、親近感を覚える。 「・・・ま、まあこのぐらいでいいでしょう。お嬢様、それで、どの競技にご関心が?」 しばらくして、納得できるまで雷を落とし終えたらしい風紀委員長さんが、やっといつもの冷静な感じに戻った。 「お嬢様は運動神経がいいですからね、どんな種目もおこなしになると思いますよ。キュフフ」 そんな風紀委員長さんの言葉を受け、前生徒会長さんはなぜか嬉しそうにうなずいた。 「そうそう、お嬢様、陸上部って一口に言っても、色々な種目があるんですよ!どれにしましょうか!フリスビー?ハンマー投げ?砲丸投げ?」 「みぃたん、何で投げる系ばっか勧めるの?」 「あはは、私が投げてお嬢様が取りに行くの!わんわん、とかいってw」 「ギュフーッ!お嬢様はペットちゃんじゃないケロ!そうだ、みぃたんたらこの前もお庭でお嬢様に・・・」 ――あ、あはは・・・。かなり失礼なこと言ってるなんじゃないかと思うけど、ちさとさんはニコニコ笑って聞いてるから、別にいいんだろう。 「・・・あの、お話し中にすみません」 そんな空気の中、真顔の里保ちゃんが、先輩たちの輪の中に声を投げかける。 「あー、鞘師ちゃん!お嬢様、彼女ですよ、ウワサの陸上部のエース!」 なぜか、陸上部の現部長を差し置いて、矢島先輩は張り切ってしゃべっている。 見た目的には清楚で大人しい美人、って感じなのに、色々とギャップがすごい人だ。 そんな先輩たちに対して一礼すると、里保ちゃんは口を開いた。 「岡井さん、はじめまして。初等部の鞘師と申します」 「ごきげんよう、里保さん。香音さんから、お噂はかねがね」 里保ちゃんは噂?とばかりに私をチラッと伺ってきたけれど、変なことは言ってないよと目線で返すと、すぐに安心した顔に戻る。 「私こそ、かりんちゃんさんから、岡井さんのお話はよくうかがっています」 「まあ、かりんを知っているの?」 「はい。初等部の生徒会に所属しているので・・・」 ちさとさんの丁寧な応対で、さっきのブリッジ滑走の衝撃は薄れたらしい。 生徒会で会計をやっている真面目な優等生らしく、普段通り、上級生と丁寧に会話を交わす里保ちゃん。 「・・・ところで、折り入ってお願いがあるのですが」 しばらく世間話を続けた後、ふいにつないだままの里保ちゃんの手に、力が入ったのがわかった。 「お願い?まあ・・・千聖がお役に立てることかしら」 「里保ちゃん?私、どいてたほうがいい?」 「ううん、行かないで。ここにいて」 「でも」 大事な話なら、私なんかが・・・と思ったけれど、ちさとさんも深くうなずいて、にっこり微笑みかけてきた。 「香音さんがそばにいたほうが、安心してお話できるのでしょう」 「ええ、親友ですから。親友」 親友、というところにやけに力を込めて、里保ちゃんは繰り返した。 う、嬉しいんだけどさ・・・。はずかしいよ。だって、やっぱり、私なんか・・・ 「それで、お願いというのは?」 「はい。・・・あの、まだ陸上部に入部なさると決めたわけではないのに、このようなことを申し上げるのは恐縮ですが、岡井さんは大変運動神経が良いと聞きまして」 「そんな、お褒めいただくような能力はないのよ」 「いえいえ、さっきのエクs・・・まあ、それはおいといて、つきましては、私と勝負していただけないでしょうか」 「・・・はいい!?」 ちさとさんが反応するより先に、私がマヌケな声を出す。 「そ、それは・・・ねえ?」 場を取り持とうと、おどけた顔と声でちさとさんを見ると、目をパチパチさせてあっけにとられている。 「わ、私、かしら?あの、舞美さんではなくて?」 「はい、是非」 「わあ、いいんじゃない?すごいね、なっきぃ!」 「キュフフ、お嬢様、いかがでしょう?」 先輩たちは明るい声で応えてくれたけれど、当のちさとさんは何が何だか、という感じで、困ったように里保ちゃんを見つめた。 「私なんかでは、里保さんのお相手には」 「「ほらまた言った!」」 その瞬間、里保ちゃんと風紀委員長さんの声が揃い、ビシッと立てた人差し指が、岡井さんに向けられる。 「ひえっ」 「“私なんか”はやめるお約束だったでしょう、お嬢様!」 なぜか得意げに、ドヤッ!って感じの顔でお嬢様に言い放つ風紀委員長さん。 対照的に、ちさとさんはお口ぽかーん状態で、困ったワンちゃんのようだ。 そして、放たれた言葉に、全員一斉にずっこけることとなる。 「・・・特に、なっきぃとそういったお話を聞いた覚えはないのだけれど」 「・・・・・・・ケロ?ま、まあ、今そう決まったので!私と里保ちゃんの間で!ねえ!」 「は、はい。そうです!香音ちゃんも岡井さんも、すぐ“私なんか”って・・・。そんな言葉は、よくないと思います」 先走り&早とちりな風紀委員長さんの言葉はともかくとして、里保ちゃんの真剣なまなざしに、ちさとさんの表情は少し引き締まる。 「陸上競技で、勝負をしましょう。種目は岡井さんにお任せします。 私が勝ったら、もう“私なんか”って言わないでください。香音ちゃんもだよ!」 「なるほど、オッケー☆って私関係ないやないかーい!」 私のノリツッコミは、あはは、香音ちゃん面白い!すごいねなっきぃ!と前生徒会長さんにだけは大ウケだった模様。 一方、ちさとさんは神妙な顔で細く息を吐き出した後、「わかったわ」とよく通る声で答えた。 「香音さんのための勝負、ということね」 「いえ、香音ちゃんと岡井さんの口癖をかけての勝負です」 「すごいですねー、お嬢様!」 「ええ、気合いを入れて取り組まないと。香音さんの運命を、千聖が握っているのだから」 「いえ、ですから岡井さん(ry」 はたして、わかっているのかいないのか。 「まあ、香音ちゃんも苦労人だよね、色々と・・・」 風紀委員長さんに肩を抱かれながら、なすすべもなく、ウォーミングアップを始めた一行を見守ることしかできなかった。 次へ TOP
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前へ 生徒会室 と書かれたプレートの部屋。 ドアは開いたままになっていて、室内の様子は丸見えだ。 そこに、岡井さんはぼんやり立ち尽くしていた。 表情は見えない。こっちに背中を向けて、奥の窓の方を見ている。 心臓が飛び出しそうなぐらい、ズキズキと高鳴る。荒くなった息が岡井さんに聞こえるんじゃないかって、口をギュッて閉ざしたせいで、呼吸が余計苦しくなって悪循環。 それにしても、私はここに何をしに来たんだろう。せっかくだから、話の1つもしてみたいとは思うけれど・・・。 “お願いがあります。・・・もし、だめだと思ったら、今日のところは諦めて。それだけは、絶対に” そう、さっきの・・・鈴木さん、は、私が岡井さんに何かしら話しかけようとしているのを見抜いていた。それで、釘を刺してきたんだろう。 だめだと思ったら、か・・・。 正直今、声を掛けていいのかわからない。いや、かける言葉がわからないから、私も一緒に同じ方向を見た。 1分、2分。それ以上かもしれないけれど、どんどん時間が流れていくのに、岡井さんは動かない。長い栗色の髪が、夕日の赤に照らされて、キラキラツヤツヤ輝いている。 その髪に、触れてみたいと思った。 吸い寄せられるように、フラフラと部屋の中に入り、背後に立っても、まだ岡井さんは正面を向いたまま。私の存在には気がついていないようだった。 それにしても・・・やっぱり、背が小っちゃいな。私と同じぐらいか。 バニラみたいな、外国のお菓子みたいな甘い匂いが鼻をくすぐる。なんていうか、お金持ちの人の匂いだって思った。 至近距離で見たら、このツヤツヤの髪なんて、まるでみずきちゃんちで見たフランス人形のやつみたいだ。人間のとは思えない。 絹みたいなそれにどうしても触れてみたくなって、震える指を伸ばす。 「・・・舞美さん、えりかさん」 だけど、それは突然の事だった。 ずっと黙っていた岡井さんが、急に声を出した。 「うわあ」 完全に油断していた私は、思わず間抜けな声を出す。 「え?」 「だ、だめ!!」 お金持ちを驚かす→嫌われる→逮捕→死刑 そんな図式が頭に浮かんで、私はとっさに岡井さんの目を手で隠してしまった。 「きゃあっ!」 「あ、ち、ちがうんす全然ちがうんです!」 やばい、完全に変質者だ。 岡井さんも相当驚いたらしく、慌てて私の手を引き剥がそうとしてくる。 「ど、どなた?どうして千聖の目を隠すの!?」 「あ、あぅ・・・えっと、その」 逮捕、死刑、嫌われたくない。顔を見られたらおわり。そんなの嫌だ!! 私は完全に混乱して、ついおかしなことを言ってしまった。 「わ、私は幽霊だ!見たら呪われるぞ!」 ――ああ、何てバカなんだ。 中等部の大きいお姉さんに、こんなのが通用するはずないのに。つい、クソナマイキな弟を黙らせるときと同じ方法を取ってしまった。 驚かせた上に馬鹿にしたから、これはきっと拷問されてからの死刑だな。みずきちゃんちにそういう本があったっけ。釜茹で、火あぶり・・・できたら楽なやつがいいかな。 「・・・幽霊、さん?まあ・・・」 だけど、意外なことに、岡井さんは怒るでもなく、私の手を強く握っていたその指の力を抜いてくれた。 「あの・・・」 「このお部屋にも、昔亡くなった方の幽霊が出るのよ。昔、お会いしたことがあるわ。きもだめし大会で・・・」 「あ、う・・・そ、それは私の仲間だ!」 「まあ、そうなの。それならきっと学校の中に、他にもたくさんいらっしゃるのね」 岡井さんは楽しそうにクフフと笑った。 長い睫毛が、手のひらを擦ってこそばゆい。 初めて聞いた、岡井さんの声。舌ったらずでふにゃふにゃしてるのに、か細いって感じでは全然ない。ずっと聞いてたくなるような、気持ちいい声だ。 「・・・あなたは、初等部にいらっしゃる幽霊さんなの?」 「え・・・」 「だって、千聖の妹よりも、だいぶ声が幼いもの。小さな手ね。寒いのでしょう?とても冷たいわ。・・・あ、でも幽霊さんなら、もともと手が冷たいから、あまり関係ないのかしら。ウフフ」 「え?え?」 ・・・もしかして、岡井さん、私の言った事ガチで信じてる?まさか・・・。だって、もうまもなく高校生でしょ?でも、お金持ちっておかしい人多いし(みずきちゃんがいい例だ)これは妙なことになってきたぞ。 勝手にキョドッてる私にかまわず、岡井さんは楽しそうに喋り続ける。 「それで、幽霊さんは、生徒会室にどんな御用?」 「あ?よ、用事?」 「お友達の、高等部の幽霊さんに会いにいらしたのかしら?生憎、今はお留守になさってるみたいだけれど」 そうだよ、と答えようとして、私は言葉を飲み込んだ。 あの綺麗な目で見つめられたら、ちゃんと話せないかもしれないけれど、目隠しをしている今なら、素直に言えるような気がする。 ゴクッ、と自分がつばを飲み込む音が、やけに大きく響いた。 「・・・私は、あの、岡・・・ち、ちさとちゃんが、心配で」 「心配?」 「だって、泣いてたでしょ。さっき。 笑ってたけど、泣いてた」 手のひらの中で、岡井さんの睫毛が揺れた。すぐに、何のことだかわかったらしい。 「・・・・誰も、気づいていないと思っていたわ」 乾いた、少しもたもたした口調で岡井さんはつぶやく。 「う・・・あー、だから、あたしは幽霊だから、お見通しなのだ」 「そうだったわね」 優しいのね、と岡井さんはつぶやく。 「あー、でも、優しくないっすよ。 あたしすぐケンカ強いんですぐ友達泣かしちゃうし、あと先生にも目つけられてて ・・・いや、先生っていうのは幽霊の学校の先生で地獄からきた鬼で」 うわあ・・・、変な汗、かきまくりだ。 暴れん坊でもいいから、嘘はつかないようにお母さんからキツくいわれてきた私は、どんなことでも正直に話すように心がけていた。 それで友達とトラブルになることもあったけど、ちゃんと言いつけを守ってきたつもりだ。 だから、今こんなおかしな嘘に嘘を重ねているのは、すごく心が痛い。 大体、バレバレだろう。こんなの。いっそ正体を明かしたほうがいいんだろうか。 「・・・幽霊さん。気に掛けてくれて、ありがとう」 私の動揺がわかってるのかいないのか、岡井さんの口調は相変わらず淡々としている。 「さっき泣いていたのはね、悲しかったからではないの。 舞美さん、・・・生徒会長、とても素敵な挨拶をなさっていたでしょう?それを聞いていたら、私にとって大切な人達と過ごした、たくさんの思い出がよみがえって。 たくさんたくさん、思い出しすぎて、思い出が瞳から零れ落ちてしまったのね。だから、あれは幸せな涙なのよ」 「う・・・ん。そうなんだ・・・涙にも、いろいろあるんだね」 ぶっちゃけ、私はお母さんに怒られての逆切れ泣きぐらいしかないから、よくわからんけど。 “幸せな涙”という言葉はカッコイイと思った。今度みずきちゃんに言ってみようっと。 「だけど・・・正直に言うとね、少しぐらいは寂しい気持ちもあったのよ。だから、この場所で、自分なりに、卒業生の皆さんとのお別れをしようと考えていたの」 「そっか。・・・あの、うん。悲しくて落ち込んでるんじゃないなら、うん。邪魔しちゃって、ごめんね!」 私は岡井さんの目を覆っていた手を離して、ギュッと抱きついてみた。 「きゃんっ」 「・・・あ、後ろ向いちゃダメ!あの・・・呪われるよ!あたし幽霊だし!」 まだ顔を見る勇気はない。ガサツで問題児な私を知られて、嫌われたくないから。 同じぐらいの背丈なのに、私の棒きれみたいな体とは違って、柔らかい感触。みずきちゃんちにあった、おっきなぬいぐるみを思い出す。 自分の顔が、真っ赤になっているのがわかる。 おでこを押し当ててる岡井さんの細い首筋にも、私の熱くなった体温が伝わってしまっているかもしれない。 早く離れなきゃ。そう思っているのに、体が金縛りにあったように動かない。岡井さんの腕に食い込ませた両手が、大げさな演技のように震えていた。 「あの・・・」 小さな鈴のような声で、私は正気に戻る。 「あ・・・う・・・あ、あたし帰る!ごめんなさい」 「えっ・・・」 「こっち見ないで!」 もう、怖くて後ろを振り向く事はできなかった。 突き飛ばすようにして岡井さんから離れると、私は一気に階段を駆け下りた。 ブレーキがきかない。 チビな体ですっとんでいく私を、すれ違う上級生が何事かと振り返っていくのがわかる。 「うわっ」 勢いあまって、最後の1段目で蹴っつまずいて膝を打つ。 「うあー、ちょー最悪・・・」 寒い日にむき出しの足をぶつけたもんだから、ものすごく痛い。 動けなくなってそのままうずくまっていると、急に視界が暗くなった。 「うふふふふ」 「・・・みずきちゃん」 学校指定の黒いコートを着込んだみずきちゃんが、腰をかがめて私を見ていた。 「大丈夫?」 「んー・・・」 今起こったことを、何て話したらいいのかわからなくてうつむく。 私のそういう態度はあきらかに変だっただろうけど、みずきちゃんは特に触れずにいてくれた。 「遥ちゃんのコートと鞄も持ってきたよ。一緒に帰ろう」 「・・・うん」 私の肩にコートをかけて、袖に腕を通してくれるみずきちゃん。 「・・・今日、みずきちゃんちに行ってもいいかな」 マフラーを巻いてくれている最中に、そう言ってみると、みずきちゃんはにっこり笑った。 「そういうと思って、ママにカップケーキ焼いてってメールしておいたから。遥ちゃん、好きでしょ?」 「うん!」 昇降口を出て、一番上の“あの部屋”を見上げる。 電気がついているから、岡井さんはまだあそこにいるのかもしれない。 あの柔らかい体の感触。甘い香り。まだリアルに思い出せる。 「みずきちゃん、教えてほしいんだけど。私ね・・・」 * ――♪♪♪ 「おっ、やべっ」 始業のチャイムの音で、はっと我に返る。 岡井さんと出会った卒業式の日のことを思い出していると、いつもこうやって時間の感覚がおかしくなってしまう。 音楽の先生、リコーダーでチャンバラやってるの見られてから、すっげー目つけられてたんだっけ。 こりゃ、廊下側の小窓が開くよう、細工しておいたのが役に立つときが来たみたいだ。こっそり入ろう。 「あれ・・・」 ふと、校庭に目を向けると、高等部の青ジャージが、準備運動をしているのが目に入った。 ウ○ーリーだってろくに探せないはずの私なのに、すぐにその中から、お目当ての人を見つけ出してしまう。 “あの時”より少し短くした髪を、すっきりポニーテールでまとめあげた、小さな背丈の人。まつげくるんくるんさんと楽しそうにお喋りしている。 ふいに、その目が、私のいる2階へ向けられた気がした。 慌てて目を逸らそうとしたけれど、よく考えてみれば、そんなにビクビクすることはない。 あの時の私は幽霊だったんだから、正体はバレていないはず。 心臓をバクバクさせながら、とりあえずペコリと頭を下げると、岡井さんは目を三日月にして、会釈を返してくれた。あの深い茶色の目で、私をじっと見つめている。 こんな小さなやりとりだけでも、嬉しくって、心がくすぐったくなる。 “遥ちゃん、その気持ちっていうのはね・・・” あの日、みずきちゃんが言っていた、私から岡井さんへの気持ちの名前。 本当に、“これ”が“それ”なのかはわからない。 そのことについては、深く考えるのは怖い気がするし、・・・きっと岡井さんに迷惑が掛かる。だから、今はその他大勢の存在として、見つめていられるだけで十分。 やがて、集合の合図の笛の方へと、岡井さんは身を翻して去っていく。 足、早いな。運動神経、案外いいのかも。お嬢様だからとあなどっていたけど、また新しい岡井さんを知ることができた。 グラウンドをチョウチョみたいに軽やかに走るその姿から、私はいつまでも目をそらせなかった。 次へ TOP